2012年9月2日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。 (大きな画像) 本日9月2日撮影した、雨上がりの睡蓮と障碍を持ったメダカ メダカも他の生物と同じように不思議な生き物だ。 メダカは産卵時期には多くの卵を産むが、生き残るのはそれ程多くはない。孵化せずに 死んでしまうものもいれば、写真のメダカのように骨が変形して生まれてくるものがいる。 遺伝子の多様性は頭では理解しているつもりでも、同じ環境の下で育てているはずが 何故と問いかけたくなる。 インディアンのラコタ族の伝統では、障碍者は聖なる者であり、人々に何かを教えるため に遣わされた存在だと考えられていた。 そこでは「できない」ことではなく、「できる」ことに焦点をあてようとする世界観・人間観が あると「アメリカインディアンの現在 女が見た現代オグララ・ラコタ社会」の本の中で、 デイ多佳子さんが紹介している。 沖縄・奄美のシャーマン・ユタ。最初彼女たちは「目に見えないものが見え」「聞こえない ものが聞こえ」る体験を通してユタになるのが殆どである。 世界のシャーマンの中でも「神のお告げ」とも受け取れる稀有な現象は、沖縄・奄美特有 のものだと今まで思っていた。 しかし、これは世界中で起こっていることかも知れず、ただ私たちはその現象を安易に 精神的な病として片づけているのかも知れない。 勿論、本当に精神的な病に苦しんでいる人たちがいるのも事実だが、異質なものをある がままに受け止め、その意味を感じ取る風土が古代から受け継がれてきたのも事実で ある。 このような風土、世界観・人間観をもつ社会は、「あるがままの」存在の重さを感じること によって導かれるものかも知れない。 骨が変形しているメダカ、このメダカを見ていると何かを語りかけようとしている、とふと 感じてしまう。 (K.K) |