2011年12月27日、フェイスブック(http://www.facebook.com/aritearu)に投稿した記事です。

画像省略

「魔法使いの手」

コンパス座の方向約1万7000光年の距離にある星雲を、X線観測衛星チャンドラが捉えた

ものです。



手のひらの中心に輝くのは若いパルサー「B1509-53」ですが、パルサーとは超新星爆発後

に残った中性子星から発せられている信号と考えられています。極めて周期が安定してい

るので、「宇宙の灯台」とも言われているんですね。想像できないことですが、このコンパス

座に位置する中性子星は大き目のペットボトル(2リットル)に富士山の質量をぎゅっと押し

詰めた状態なので、地球の15兆倍の強い磁場と桁外れの重力を持つことになります。この

重力から脱出するには、光の速さの3分の一というとてつもない速度が必要になるんです。

紹介した写真は、パルサーから流れ出した電磁波が上のガス星雲(指の部分)を赤く加熱

させているところです。



本当にまるで魔法使いの手のようですね。50代半ばの女性にとって「魔法使い」と言えば

「魔法使いサリー」を直ぐに思い浮かべるかも知れません。現代では多くの人が「ハリー・

ポッター」を連想するかと思います。私も「ハリー・ポッター」は好きで本や映画で楽しんでい

ますが、内容が奥深いル=グウィン作の「ゲド戦記」に私個人はずっと惹かれています。同じ

「ゲド戦記」でも、アニメ(スタジオジブリ制作)は原作とはかけ離れた内容だったので、途中

で見るのを止めてしまいました。



故・河合隼雄さんは最初この「ゲド戦記」にユングや老荘の思想が背景にあると感じておら

れたようですが、後に全ての根底にインディアンの叡智があったと気付きます。勿論、そこ

には「最期の野生インディアン イシ」と深い親交を結んだ人類学者アルフレッド・クローバー

(「ゲド戦記」を書いたル=グウィンの父親)の存在が大きかったのではないでしょうか。



「イシ」がいたヤナ族は元々3千人いましたが、その多くが白人の虐殺により死に絶えていた

と思われていました。しかし、1911年8月29日、一人の飢餓寸前の老インディアンが捕らえら

れます。それが「イシ」だったんですね。イシは家族数名と虐殺から逃れ暫くは家族と共に

生活しますが、家族が亡くなったり白人に発見されそうになった時に離散し、捕えられる前の

5年間は一人で孤独に生きてきました。



「イシ」の物語(邦訳「イシ 北米最後の野生インディアン」岩波書店)を書いたのはアルフレッ

ド・クローバーの妻シオドーラ・クローバー(ル=グウィンの母親)でした。何故イシと親しかっ

たアルフレッドは「イシ」のことを書けなかったのでしょうか、ル=グウィンはこう綴っています。



「カリフォルニア原住民の言語、暮らし方、知恵などについての情報を、大量殺戮が完了す

る以前に、少しでも多く蒐集するというのが、何年にもわたる父の仕事であり、このため父は

殺戮の目撃者となったのだ。ナチによるユダヤ人大量虐殺に等しいインディアン撲滅の生き

残りであるイシは、父の親しい友人かつ教師となった。それなのにそれから僅か5年後に結核

・・・・これまた白人からインディアンへの死の贈物である・・・・で死亡する。どれほどの悲しみ

や怒りや責任感に父は悩んでいたことだろう!」



捕えられてから5年後(1915年)イシは結核で亡くなりますが、アルフレッド・クローバーはイシ

が捕えれてから5年間ずっと保護されていた博物館に、次のように書き送っています。



「もし、イシが死ぬようなことがあったならば、できる限りイシの世界での風習通りに葬儀を行う

ように。学問の名を借りての遺体処理、解剖などは決してさせないように。そんな学問は犬に

でも食われてしまったほうがよいのです。責任は、すべて私が持つようにします」 



またアルフレッド・クローバーと共に「イシ」と親交があった医学部の教師サクストン・ホープは

「イシ」の死に際し次のように書き記しています。



「そのようにして、我慢強く何も恐れずに、アメリカ最後の野生インディアンはこの世を去った。

彼は歴史の一幕を閉じる。彼は文明人を知恵の進んだ子供---頭はいいが賢くはない者と

見ていた。われわれは多くのことを知ったが、その中の多くは偽りであった。イシは常に真実

である自然を知っていた。彼の性格は永遠に続くものであった。親切で、勇気があり、自制心

も強かった。そして彼はすべてを奪われたにも拘らず、その心にはうらみはなかった。彼の魂

は子供のそれであり、彼の精神は哲学者のそれであった。」



私が何故ル=グウィン作の「ゲド戦記」に出てくる魔法使いにひかれるのか、それはこの魔法

使いの背後に「イシ」の存在を感じたからかも知れません。「彼の魂は子供のそれであり、彼の

精神は哲学者のそれであった」。



(K.K)


 



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